高熱

一人暮らしの高熱対応(準備と実施)

<前置き>
以下は、私が39度越えの高熱を14日間経験した(10日間の入院)中から、一人暮らしで高熱に苦しむ方々のお力になれたらと思いまとめた情報です。医学的な知識があるわけではないので、あくまでもご参考程度になれば幸いです。

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<寝床から手の届くところに用意するもの>

1.保冷バッグ(キャンプ用などのものでよい)
 1-1.保冷材(大)×2 :寝る直前には冷たい枕にする。
 1-2.保冷材(小)×2 :身体の冷却用(脇の下、太もも付け根)
 ※保冷材は冷蔵庫で次の分が用意されている事が望ましいので2つ必要。
 1-3.飲み物(スポーツドリンクなど) :持ち上げるのも辛いので2lより500ml×数本が良い。

2.着替え、タオル
 寝汗を書いた時のために。

3.体温計     
 神経質にならない程度にこまめに測って記録しておく。

4.時計      
 常に時刻がわかる状態にする。腕時計をつけるのもあり。

5.ノート、ペン  
 高熱時はとにかく物を忘れる。欲しいと思ったものなどを書き残す。
 また、病院などで症状を正確に伝えることが大切なので、体温を測ったら時刻と温度を書く。(余裕があれば)

※注意点
◆高熱時に物を探すのは辛いので、それぞれをどこに置くかは決めてしまう方がよい。夜中に暗くても手を伸ばせば欲しい物に届くような状態が望ましい。
◆部屋の電気を全部消すより豆電球で夜中に何か探せるような薄明かりの方がよい。

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<高熱時の枕の使い分け>

4


 ①~③の過程で、「解熱剤」があれば飲むのもよい。※病院で処方されていれば
 (私の使用した薬の場合は)
  -体温が38.5度以上
  -前回使用から6時間以上経過
  の条件が満たされた場合は服用が可能だった。
 そのため解熱剤を服用した場合は、「何時に服用し、次は何時以降なら服用可能か(6時間足す)」をメモしておく

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<その他用意するもの>

1.マスク 
 外出する時は絶対装着する。寝る時は口を保湿するために装着しても良いが、呼吸が激しくなると酸素不足で苦しくなる。(高熱時は自分がマスクを付けているかどうかもわからなくなる)加湿機があるならマスクなしが良い。

2.加湿機
 冬場などは特にあると良い。乾燥している状態で呼吸が激しくなると鼻血が出やすくなったり、喉が痛くなったりするので。

3.旅行用キャリーバッグ
 高熱時は飲み物など近くのコンビニ買いに行くのも辛いので、キャスター付のバッグに重い荷物は入れてしまうと身体への負担が軽減できる。

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<私の高熱体験>

・私の高熱の原因
・インフルエンザ誤診時1週間の謎メモ
・人は高熱になるおかしな行動をとる
・アンパンマンやその他について
退院から仕事復帰

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一人暮らしの高熱対応(私の高熱の原因)

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<私の高熱の原因と診断>

・1月の最終週にカンボジアに一人旅でアンコールワットを見に行った。

・2月の第一週は下痢気味だった。

・2月の第二週に入って熱が上がり始め近くの内科に行ったら、体温を測り(38.7度)、簡単な診察をしただけでインフルエンザと診断された。 予防接種は受けたと伝えたが、2回受けないと感染する可能性はあると説明を受けた。 
※この初診を元に、何日目という表現を使います。

・インフルエンザに特効薬はないので5日間(タミフルを飲んだら3日間)は我慢するしかないと言われたため、1日目から5日目まではとにかく水分を多めに取るようにしながら過ごした。(夜中の高熱と悪寒が辛く、ほとんど眠れないような状態が続いた) ウィルスをうつすとまずいので家族も友人も呼べず、自分でなんとかするつもりでいた。

・6日目も熱が下がらず(39度越え)再度内科に行ったら栄養剤の点滴を受け、また抗生物質を処方され服用した。

・6日目から7日目にかけての夜中に、
 -寝汗をかいてTシャツと長袖を着替えていたが、翌朝着替えた記憶が全く残っておらず「なんでこの服着ているんだろう?」という状態になった。
 -(説明が難しいのだが)「右手」が動いて色々部位を探しながら「顔」にたどり着いた。ベタベタ触った後、「右手」がバンバン「顔」を叩いて”私は目覚めた。”(右手が動いたのは、私が寝ている間の出来事) 
  目覚めた時に「右手に何か肉片を触って気持ち悪い」という感覚と「顔に何かに触られた」という感覚が別に存在していた
 -「結局誰が病気なんだっけ?」と思ったり、「夜中に高熱や悪寒で辛い思いをしているのは自分の部屋とは別の場所で、そこから自分の部屋に戻ってきた」と思えたりした。

 など、意識障害といえる状態になった。

・7日目に内科に行って上記出来事を相談したら、「あなた夜中に窓開けて飛び降りてもおかしくない状態ですよ」「自分の身体をベッドに縛り付けておくか、寝ずに看病してくれる人を呼べないの?」と医者に言われた。(寝ずに看病してくれた人はうつっても仕方ないとのこと… それでは家族呼べない)

・7日目の夕方に、また体温が39度を越え始め、「このままこの部屋で昨晩と同じ体験をしたくない(飛び降りてもおかしくないと言われたし)」と思い、自分で救急車を呼び大きな病院に運ばれた。この時点でもまだ自分はインフルエンザと思っており、救急隊の方にもそう伝えた。

・7日目の夜に大きな病院で、インフルエンザウィルスの陰性/陽性検査を行ったら”陰性”だった。。 高熱の原因は”ウィルス”と”細菌”とあるらしいが、”ウィルス”の方だと想定されていたらしい。

・7日目(入院1日目)の夜中に体温が40度を越え、初めてのナースコールをし初めての解熱剤を飲んだ(らしい)。

・8日目(入院2日目)の(木曜)朝に担当医に「土曜か日曜に退院してもらいます。どっちにするか決めてください」と言われた。その時は熱が下がっていて”高熱は治った”と勘違いしていたため(前夜に解熱剤を飲んだ記憶がない)、「土曜にします」と答えてしまった。入院して初めての朝に退院しろと言われたので、”自分は招かれざる患者=入院するほどではない症状”なんだと思った。(治ってから退院したい…)

・8日目(入院2日目)の昼に体温が39.4度になった。”高熱は治った”と思い込んでおり、退院まで2日しかないのに後戻りしている場合ではない、と非常にあせった。”なんとかして熱をさげなければ”という思いで、氷枕に巻かれたタオルをはがして直接頭をおき1時間我慢した。体温は38.3度まで下がったが、頭の冷えすぎがキツく5分ほど普通の枕で休んだ。再度熱を測ったら38.7度まで戻っていた。(1時間の我慢が水の泡…) 看護士さんに無理してもダメと言われた。

・9日目(入院3日目)に高熱の原因が”ウィルス”でなく”細菌”であることがわかった。抗菌剤の点滴治療が始まった。同時に退院の日は土曜から延期され、正直ホッとした。

・11日目(入院5日目)に”細菌”の種類が断定でき(日本にはいない種類→パラチフス)、カンボジアの現地の水が原因だろうということがわかった。完全個室の病棟に移動。

・13日目(入院7日目)に体温が平熱で落ち着くようになった。(高熱の期間は12日間)

・16日目(入院10日目)に退院が許可され、その後1週間の自宅療養を経て職場復帰。(会社を1ヶ月休んだ)

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<高熱に関して、病院での診察に関してアドバイス>

1,2ヶ月以内に海外旅行に行っていたら、現地での病原菌も疑い医師に伝える。(私は小さい内科でも伝えたが、インフルエンザで言い切られてしまった…)

・インフルエンザと診断された場合は、正式な陰性/陽性の検査をしてもらう。(最近では小さい内科でも検査できるキットが普及しているらしい)

・とりあえず行った病院もしくは医師に疑問を感じたら、別の病院に変更するもよし。(必ずしもそうとは言えないと思うが)「1人で内科も外科もその他複数見ている病院は専門性が薄くなる可能性が高い」と元看護士の方に言われた。(私が最初に行った小さい内科がまさにこのタイプ)

・症状の経緯(私の場合、カンボジアにいつ行って、下痢がいつ始まって、高熱がいつ始まって… という流れ)を何度も説明することになるので、余裕がある時に時系列で簡単にまとめておくとよい。私の場合、救急隊の方に話した後、数分後に救急病棟の医師に同じ話をするのは辛かった…

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一人暮らしの高熱対応(インフルエンザ誤診時1週間の謎メモ)

<謎メモ~原文>
インフルエンザと誤診されていた1週間、5日間で治ると思い込んでいた頃に自分の病状の変化を書き残したメモがあった… かなり意味不明な事も書いてある。

P1------------------------------------------------------
Sany01241

「ウンルエンザ」
前) ある病気にかかった。医学的知識もない
   フィクション
概要 ウンエンとの病闘記
   前半と今はこんなものいない。
   が、後半は病げんきんという
   生命体をかんじた

 特徴「冷たい触手」- 手の払う
          - つかむ
   「氷の弾丸」

水  そうたい→寝→(ウンエン登場?)様子見
木  医者 38.7  大量のねあせ
   体温計 購入
   ウンフルエンザとは
                  呼吸できない

P2------------------------------------------------------
Sany01211

39 金15 期限切れきなこもち
     23:00 かんしtel

39 土16 早朝かいもの.ひんけつ
     セキ
     10:00 119       家族|よべない
     風呂 ゴミやしき    恋人|
     ■■のゆめ       →孤独

39 日17 パソコンもゴミの中に
     12:00 かせれんらく
     氷
     温さまシート →脇そり
             右がはがれて■■は■■
             そりがあまかった
     最終決戦
     ウンエン死す?

 月18
     37.2→39
     医者でんわ 後半は上下する
     ウンエン大あばれ →自分冷静. ヤツの最期近い

P3------------------------------------------------------
Sany01222

18月
     夜 ウンエン触手 ピタッと
     止まる。→同時にセキが連続
     ・のどでなく肺からのせき
     ・せんたくトレーナーを干して加湿予定

     次の敵はセキか?
     ウンエンはまだ完全に死んでいないが
     攻撃がない。眠って体力つけたいが咳。
     アメと水分。目の前のせんたくもの、おい?
     ウンエンにおびえながらふとんから出ない
     このまま眠りたい。が、そんな恐怖の中で
     安眠できるはずがない…
     →決意して出た。 外意。38.1
     
     やっとおわった… 18月23:55
(花火)
おならが何発も打ち出された…
     「♪もう少しどうぞ お付き合い~」
     100%安心して眠る→ウンエンにバシッと
     やられる夢でとびおきる。
     5日おびえてきたのだからゆっくりと。

P4------------------------------------------------------
Sany01231

     咳はないが床ずれ、背中ヒリヒリ
     うつぶせは内ぞうきつい
     シクルのパジャマ? テンピュールのベッド?
     すわってねるがむり。
     羽根ふとんの上にねてもうふかける
     服もソフトたっち
     ↓
     ねた

     とびおきた。ねあせをはんぱなくかいている
     全部きがえる(服がもうない)
     体温 36.5
     ----------------------
     この部屋で起きていた出来事とは
     思えない。つらい思いをしてこの部屋
     にやっと帰ってこれたという不思議な
     かんじ。あと自分が
     闘病していたのかという
     かんじ。自分のうでかぁという
     二重人格者の偶ぞうろんにちかいかも。

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<謎メモ~解析・用語説明>
 インフルエンザと診断されたが、体感的には悪寒に伴う皮膚(筋肉?)の激痛が何かに攻撃されているように思え、仮に「ウンフルエンザ」として症状をメモしたみたいだ。

・P1
 「ウンエン」:目に見えない攻撃者を勝手に擬人化してつけた名前。
  →かなり頭が変だったと思われる。
 「冷たい触手」:腕や足を手でつかまれ、その部位に激痛が走る感じ。
  →手の甲でサラッと触れたような軽い症状と、強い握力でつかまれる重い症状がある
 「氷の弾丸」:寝て意識がない状態で、頭からつま先まで弾が突き抜けるような感じ。
  →飛び起きた後、あまりの衝撃に呆然となる

・P2
 「期限切れきなこもち」:食欲がない状態で食べられそうなものを探したらこれがあった。食べたらおなかを壊した。
 「ゴミやしき」:掃除する元気はなく、部屋がどんどん散らかっていった。
 「脇そり」:熱を下げるために、額に貼る”熱さまシート”を脇に貼ったがすぐ剥がれてしまったので、腋毛をそった。×温さまシート→○熱さまシート
  →熱が劇的に下がるわけもなく、脇に貼ってもあまり意味ない…
 「ウンエン大あばれ」:数日間の身体の激痛に、規則性があることがわかった。病原菌は夜から明け方にかけて段階的に活発になり、早朝に活動を停止する(ように思える)。この時は規則性を無視して、夕方からMAXの激痛があった。おそらく病原菌の最後の悪あがきだろうと、「もうすぐ治るな」という根拠ない確信があった…

・P3
 「せんたくトレーナー」:咳が出始めたが加湿機がなかったので、洗濯して干していないトレーナーを枕の近くに置いて湿度を上げようとした。
  →あまり意味ない…
 「外意」」:自分でも意味不明
 「やっと終わった」:MAXの激痛が何時間か続き、スーッとなくなっていったので完全に治ったと思った。
 「花火」:おならが連発したのが、花火の祝砲に思えた。
  →んなわけない…
 「♪もう少しどうぞお付き合い」:コブクロの”1-04 毎朝、ボクの横にいて。 -Sweet drip mix-.mp3”という歌詞の一部。つらい状態で気休めで音楽をかけていたのだが、激痛が消えて歌詞に耳を傾ける余裕ができた時に、たまたまこのフレーズが聞こえてきた。ちょうどお付き合いしていた人と別れ話中だったので、”タイミング的にもう少し別れずに付き合え”と言われた気がした。
 
・P4
 「シクルのパジャマ」:外傷がないので床ずれではないのだが、背中がヒリヒリして触れる服や布団の肌ざわりをソフトにしたかった。×シクル→○シルク
 「自分のうでかぁ」:自分でも意味不明
 「二重人格者の偶ぞうろん」:二重人格者は幼い頃の虐待でつらくなった時、”自分は安全なところにいたい”と、新しく人格を作り嫌な思いをまかせるらしい。高熱が治まらない中で、”自分は健康だ(病気なのは誰か別の人)”とか”自分の部屋は安全だ(闘病している空間は別の場所)”と思いたくなる感覚があった。

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一人暮らしの高熱対応(人は高熱になるおかしな行動をとる)

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<寝方が異常>

  入院してから3日間は、夜中の高温と悪寒が不安で仕方なく、”今体温は何度か”が常に気になってしかたなかった。そのため、寝方が普通ではなかった…

  1.氷枕と普通の枕を並べ、普通の枕で寝る
  2.体温の変化を感じたら体温計で測る。すぐ測りたいので、体温計は手に持つ。(しかも落として壊すと弁償なので、かなりしっかり持っていた)
  3-1.体温が38.5度未満だったら普通の枕から移動しない。
  3-2.体温が38.5度以上だったら氷枕に移動する。

  仕事柄か条件式が1か0かで行動を決定するという”デジタルな寝方”をしていた。当然こんな寝方では数時間熟睡することさえ無理である…

  ある日の夜中、体温を測ったら38.7度くらいあった。自分の中の正解は氷枕なのだが、間違えて普通の枕に頭を置いてしまった。慌てて氷枕に移動したのだが身体が寒く、どう考えても普通の枕の方が心地よい…

  迷惑だったと思うが自分にとっては最重要事項なのでナースコールで看護士さんに来てもらい、
  「自分の中では氷枕が正解だと思うのですが、間違っている普通の枕の方が気持ちいいんです。どっちで寝るのが正解ですか?」
  と質問したら、
  「気持ちいい方で寝てください」
  と言われた。
  
  普通の枕がいくら気持ちよくても38.7度から更に熱が上がることになるので不安ではあったが、メインページで書いたように悪寒を感じる間は身体を温めるのが正解の寝方なのだ。翌日担当医に話したら
 「人間の身体はアナログですから・・」
 と言われた。間違いありません…
 
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<高熱時に笑う辛さ>

 入院して2日目くらいの夜中、体温が40度を越えてしまった。目をつぶっている状態で、息遣いはどんどん速くなり、音量も上がってきた。カーテン1枚で仕切られた隣の方はおそらく起きていて、私の息遣いが聞こえていたと思う。

 そんな状態が十何分、何十分続いたのかわからないが、目をつぶったまぶたの裏に、高速(でも一定)の息遣いのリズムに合わせた”ラッパー”が登場した… 

 ラッパーは私の苦しさをよそに”ダチ(友達)がタイヤを売って、儲けた金でまたタイヤを買って、タイヤがいっぱい増えていくぜ”みたいな歌詞のラップを歌っていた・・

 激しい息遣いの間このラップは延々と続き、それに伴ってイメージの中のタイヤはどんどん積み重なって増えていく… あまりのくだらなさに
 「ハァー、ハァー!
 だった息遣いが
 「アハハハァー、アハハハァー!
 と変わってしまった。高熱で笑わされるのは非常に辛い。こんな状況で笑いたくはなかった。

 隣のベッドの方は「あ、ついに高熱でおかしくなったな…」と思っていたかもしれない…


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<寝るマニュアル>

  2週間高熱が続き眠れない夜が続くと、、熱が下がっても寝方がわからなくなった。”布団に入って目をつぶれば自然に眠くなる”という状態にはならない。数時間眠れた時の”寝方”を翌日以降の自分にマニュアルを作った。
  (以下原文)
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 ○眠り方(高熱で情報が消去されても同じ事をくり返さないように)
  □準備
   ・ケータイを引き出し上にセット
   ・タイオンケイを隠れ棚にセット
   ・氷枕はFullがよい(途中こうかん不要)
   ・スイミンヤクをのむ
   ・次に自分が解熱剤をいつのめるかきく
   ・左に氷枕、右にフツウ枕をセット
   ・コンタクト、ハミガキ、トイレ、ドリンクのセット
  □眠る
   ・両手に何も持たない
   ・フツウの枕からはじめる
   ・意識するなら、次のアクションは「次、目が覚めて高温を感じ、38.5℃以上なら
    ナースコールで解熱剤をもらう」
   ・マスクをはずす
   あとは何も考えず目をつぶる
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  マニュアルを作ってから退院するまでの5日間、夜は必ず読んで少しの安心感
 を持ってから寝る
ようにした。
  ”両手に何も持たない”というのは、体温計を両手に持って寝る癖がついていたからだ…

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一人暮らしの高熱対応(余談:アンパンマンやその他について)

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<医学と心理学(?)>

入院中に病状が良くなっていく上で「医学」と「心理学」が必要だと感じた。

医学  :治療法や薬の選定などは、病院側にお任せするしかない。
心理学 :気持ちを高ぶらせたり保ったりは、自分でコントロールするしかない。

私の場合、
 ・入院前はインフルエンザだと誤診され”自分で何とかしなければ”と独りで苦しみ、
 ・入院前半は付き合っていた人が見舞いに来たものの、心無い言動が原因でその日に別れ、
 ・入院後半は面会NGとなり、
とにかく”孤独感”が半端じゃなかった

自分で気持ちをコントロールする際に、病室で何が自分に必要なのか考えたところ、3つのキーワードにたどり着いた。
 ・安心感 
  一番接する看護士さんに対して”自分の身を任せられる”ほどの信頼感が持てればよかったのだが、素晴らしい看護士さんとそうでない方の差が激しく、結果として安心感は持てなかった。
 ・勇気
  いつ来るかわからない高熱の恐怖感、夜中の悪寒と身体の痛みをどう乗り切るか など、病気と立ち向かう気持ちを保ち続けなければならない。が、いつまで続くかわからない中で気持ちがなえることもあった。
 ・愛情
  電話で会社の上司や同僚・後輩と話す際には、自分の事を本当に気遣ってくれていると思えてうれしかったのですが、付き合っていた人との面会では言動に温かみを全く感じられなかった。(ので別れた)
  →面会当日に”バカ彼女の見舞い”というタイトルのメモ書きを残していた…
   ・(前述のような経緯を必死に説明しても)「酔っ払いみたいな話方だね」(しかめっ面で)
   ・(インフルエンザと言われ誰も呼ばない程気遣いしてるのに)「私うつらないよね?ね?」
   ・(前述の意識障害的な体験を話しても)「意味わかんない、寝ぼけてたんじゃないの?」
   ・(点滴をしながら面会したら)「それ取っちゃだめなの?」 ⇒ここまできたら頭悪い…
   その他過去に何度も聞かされた自分と友達の自給の話をされ、”それ今話すべきことなのか…”と。。
  言動に温かみがない・・・


孤独な中でこのような気持ちを保つのに、「手元に言葉を置いておきたい」と思うようになった。手紙でも本や詩でも良かったと思うが、一番簡単なものが歌の歌詞だった。(もっと基本的な「言葉」は自分の名前なんだろうなぁ。将来子供の名前をつける時には、いつでも振り返られる意味を持たせたいとか思ったり)

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<アンパンマン>

たまたま病室で見たテレビ番組で「アンパンマンの歌詞は深い!」というテーマを取り上げていた。何気なく見てしまったので、改めて会社の後輩に「歌詞を携帯にメールして」と頼んで歌詞を読み返したところ、本当に深くてすばらしいものだった。

言い回しは子供向きだが、内容は大人向きで特に病人だった私には身体に染み渡るような感覚だった。何度も読み直してその都度元気をもらえた気がする。この歳になってアンパンマンに助けてもらうことになるとは…

「アンパンマンのマーチ」

【作詞】やなせたかし
【作曲】三木たかし

 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも

 なんのために 生まれて
 なにをして 生きるのか
 こたえられない なんて
 そんなのは いやだ!

 今を生きる ことで
 熱い こころ 燃える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで

 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

 なにが君の しあわせ
 なにをして よろこぶ
 わからないまま おわる
 そんなのは いやだ!

 忘れないで 夢を
 こぼさないで 涙
 だから 君は とぶんだ
 どこまでも

 そうだ おそれないで
 みんなのために
 愛と 勇気だけが ともだちさ
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

 時は はやく すぎる
 光る 星は 消える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで

 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ どんな敵が あいてでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため


歌詞の中に「愛と 勇気だけが ともだちさ」というフレーズがあるが、初めて聞いた時(健康な時)は単純に「友達少な!」と思った。

しかし、前述の”孤独な病人”として自分に必要なものとしてたどり着いたのは、「安心感」「勇気」「愛情」の3つ。
「安心感」は”病人”だから必要なものなので、残る「勇気」と「愛情」は”孤独”だから必要なもの

アンパンマンの歌詞と一致した… 

「愛」と「勇気」だけがあればよいと思えるのは”孤独”を感じた時だから、
アンパンマンはきっと自分が感じたような物凄い孤独を感じているのだろう… 

アニメの30分間は子供のヒーローを演じているが、それ以外の時間では「何でこんな仕事(?)しているのだろうか」とか「自分の存在意義」とかに悩みながらお酒に逃げたり、物に当り散らしたりしているんだろうなぁ。もしアニメを見ることがあったら、そんな見方をしてしまいそうだ。

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<私が思う”良い医師”>

難しい話をしてこない 難しい知識を持っているのはただの医学を勉強した人。医師はそれを噛み砕いてわかりやすく患者に伝える役割がある。私がかかった医師は、私が39度でもうろうとしている状態で、アメリカの論文を英語で見せてきたり、難しいままの情報を伝えてきた。

話をちゃんと聞いてくれる
 他の患者が並ぶと1人当たりに時間をかけられないのはある程度仕方ないと思うが、私がかかった医師は、あからさまに早く終わらせようとしてきた。空いている時間帯があるのなら、その時に行くのがよいかもしれない。

指示が曖昧でない
 指示が曖昧だと患者は対処を誤る可能性が高くなる。何をすべきかを具体的に指示してほしい。私がかかった医師は、「ジュースを飲みなさい」と言われたので「100%とかですか?」と質問したら呆れた感じになって「ナトリウムがどうたら」しまいには「あなた理系ですか?」と言ってきた。


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<父の言葉>

父が今の自分と同じような年齢の頃、”強いストレス”と”心臓の動悸”で病に伏していたらしい。

色々と検査を行った後、医者に「今のあなたは私より強い心臓だ」と言われ、「何をこのヤブ医者め、この苦しみが何故わからない!?」と思ったそうだ。

病院にかからなくなった後も”強いストレス”がなくなるまでは「会社なんかどうでもいい」と開き直り、しばらく旅行したりテニスしたりしていたらしい。

--
自分の身体は、最後は自分で判断してコントロールするしかない という助言だ。

病気中に頑張ったり、仕事の心配をすると、結果的に長引いたり悪化したりする。
この話はすごく伝わってきたし、普段こんな会話することがなかったので、とても新鮮だった…

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一人暮らしの高熱対応(退院から仕事復帰)

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<退院>

入院9日目に血液検査、便検査が順調で熱も下がって4日経つということで、明日退院可能と告げられた。

その晩に荷物をまとめ、色々なことを振り返ったが、とにかく辛かったのはインフルエンザだと誤診されてから入院するまで生活だ。一人暮らしで高熱の夜中を乗り切るのはホントに大変だった…

入院してからは色々な方にお世話になった。看護士さんは1日3回シフトで交代し、また平日・土日も違うので、かなり多くの方に対処頂いた。その中でも一番有難かった看護士さんがいる。

・対処の的確さ、無駄のない動作、一歩先を読んだ対応、頭の良さ
 という能力的な高さ
・思いやり、気配り、やさしさ
 という人間的なすばらしさ

でNo1だった。

どうしても自分の中で感謝の念を伝えたかったが、その方は基本的に夜中のシフトだったので、退院時の日中はお会いできないと思い、柄にもなく手紙を書いた。

退院すること、入院中にして頂いた対処に感謝していること、自分が勝手に表彰すると1位であること、など。

ここまで書いただけで十分満足なのだが、可能なら30分くらい話をしてみたいと書いた。非通知でよいので業務時間以外に電話を頂けないかと…

退院後、電話はない…(って当たり前か、下心はないんだけどちょっと引かれたかも…)

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<自宅療養>

退院しても1週間は自宅で療養するように担当医に言われた。

・歩くのも近くのコンビニくらいしか運動してはいけない。
・消化の良い物を食べなくてはいけない。
・ノンストレスでいなくてはいけない。

という3か条の元、1週間一人暮らしの部屋で過ごした。

・ブログを書く
・テレビゲームをする(ほんとに久々に電源を入れた)
・折り紙を折る(入院中に暇だったので”鳥”を折ったが、退院後もあわせて20羽くらい
 同じものを折り続け、見本よりうまくなった。またアレンジして立たせることもできた。)

あとは、たまに買い物、たまにテレビと、少し退屈気味な生活だった。
体重は3,4kg減っていた。
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<仕事復帰>

体調不良を感じて会社を休んでから、ちょうど1ヵ月後に職場復帰することになった。
心配と迷惑をかけた方に挨拶し、1ヶ月間の仕事の状況を説明してもらったが、1時間の打ち合わせに身体がついていけなかった。

また、タイミングが悪いことに年度末に戻ってきたので、普段以上の忙しさ、私待ちの業務があり、
初日は20時まで、2日目は22時まで とリハビリ期間と思えないほど働いてしまった。(健康管理室からは15時か17時に帰るよう言われていたのに・・・)

3日働いたら、残り2日間は疲労感で午前中休んでしまった。本当に体力が落ちていた。働くって体力いるんだなぁ…

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