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March 2008

一人暮らしの高熱対応(準備と実施)

<前置き>
以下は、私が39度越えの高熱を14日間経験した(10日間の入院)中から、一人暮らしで高熱に苦しむ方々のお力になれたらと思いまとめた情報です。医学的な知識があるわけではないので、あくまでもご参考程度になれば幸いです。

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<寝床から手の届くところに用意するもの>

1.保冷バッグ(キャンプ用などのものでよい)
 1-1.保冷材(大)×2 :寝る直前には冷たい枕にする。
 1-2.保冷材(小)×2 :身体の冷却用(脇の下、太もも付け根)
 ※保冷材は冷蔵庫で次の分が用意されている事が望ましいので2つ必要。
 1-3.飲み物(スポーツドリンクなど) :持ち上げるのも辛いので2lより500ml×数本が良い。

2.着替え、タオル
 寝汗を書いた時のために。

3.体温計     
 神経質にならない程度にこまめに測って記録しておく。

4.時計      
 常に時刻がわかる状態にする。腕時計をつけるのもあり。

5.ノート、ペン  
 高熱時はとにかく物を忘れる。欲しいと思ったものなどを書き残す。
 また、病院などで症状を正確に伝えることが大切なので、体温を測ったら時刻と温度を書く。(余裕があれば)

※注意点
◆高熱時に物を探すのは辛いので、それぞれをどこに置くかは決めてしまう方がよい。夜中に暗くても手を伸ばせば欲しい物に届くような状態が望ましい。
◆部屋の電気を全部消すより豆電球で夜中に何か探せるような薄明かりの方がよい。

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<高熱時の枕の使い分け>

4


 ①~③の過程で、「解熱剤」があれば飲むのもよい。※病院で処方されていれば
 (私の使用した薬の場合は)
  -体温が38.5度以上
  -前回使用から6時間以上経過
  の条件が満たされた場合は服用が可能だった。
 そのため解熱剤を服用した場合は、「何時に服用し、次は何時以降なら服用可能か(6時間足す)」をメモしておく

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<その他用意するもの>

1.マスク 
 外出する時は絶対装着する。寝る時は口を保湿するために装着しても良いが、呼吸が激しくなると酸素不足で苦しくなる。(高熱時は自分がマスクを付けているかどうかもわからなくなる)加湿機があるならマスクなしが良い。

2.加湿機
 冬場などは特にあると良い。乾燥している状態で呼吸が激しくなると鼻血が出やすくなったり、喉が痛くなったりするので。

3.旅行用キャリーバッグ
 高熱時は飲み物など近くのコンビニ買いに行くのも辛いので、キャスター付のバッグに重い荷物は入れてしまうと身体への負担が軽減できる。

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<私の高熱体験>

・私の高熱の原因
・インフルエンザ誤診時1週間の謎メモ
・人は高熱になるおかしな行動をとる
・アンパンマンやその他について
退院から仕事復帰

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一人暮らしの高熱対応(私の高熱の原因)

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<私の高熱の原因と診断>

・1月の最終週にカンボジアに一人旅でアンコールワットを見に行った。

・2月の第一週は下痢気味だった。

・2月の第二週に入って熱が上がり始め近くの内科に行ったら、体温を測り(38.7度)、簡単な診察をしただけでインフルエンザと診断された。 予防接種は受けたと伝えたが、2回受けないと感染する可能性はあると説明を受けた。 
※この初診を元に、何日目という表現を使います。

・インフルエンザに特効薬はないので5日間(タミフルを飲んだら3日間)は我慢するしかないと言われたため、1日目から5日目まではとにかく水分を多めに取るようにしながら過ごした。(夜中の高熱と悪寒が辛く、ほとんど眠れないような状態が続いた) ウィルスをうつすとまずいので家族も友人も呼べず、自分でなんとかするつもりでいた。

・6日目も熱が下がらず(39度越え)再度内科に行ったら栄養剤の点滴を受け、また抗生物質を処方され服用した。

・6日目から7日目にかけての夜中に、
 -寝汗をかいてTシャツと長袖を着替えていたが、翌朝着替えた記憶が全く残っておらず「なんでこの服着ているんだろう?」という状態になった。
 -(説明が難しいのだが)「右手」が動いて色々部位を探しながら「顔」にたどり着いた。ベタベタ触った後、「右手」がバンバン「顔」を叩いて”私は目覚めた。”(右手が動いたのは、私が寝ている間の出来事) 
  目覚めた時に「右手に何か肉片を触って気持ち悪い」という感覚と「顔に何かに触られた」という感覚が別に存在していた
 -「結局誰が病気なんだっけ?」と思ったり、「夜中に高熱や悪寒で辛い思いをしているのは自分の部屋とは別の場所で、そこから自分の部屋に戻ってきた」と思えたりした。

 など、意識障害といえる状態になった。

・7日目に内科に行って上記出来事を相談したら、「あなた夜中に窓開けて飛び降りてもおかしくない状態ですよ」「自分の身体をベッドに縛り付けておくか、寝ずに看病してくれる人を呼べないの?」と医者に言われた。(寝ずに看病してくれた人はうつっても仕方ないとのこと… それでは家族呼べない)

・7日目の夕方に、また体温が39度を越え始め、「このままこの部屋で昨晩と同じ体験をしたくない(飛び降りてもおかしくないと言われたし)」と思い、自分で救急車を呼び大きな病院に運ばれた。この時点でもまだ自分はインフルエンザと思っており、救急隊の方にもそう伝えた。

・7日目の夜に大きな病院で、インフルエンザウィルスの陰性/陽性検査を行ったら”陰性”だった。。 高熱の原因は”ウィルス”と”細菌”とあるらしいが、”ウィルス”の方だと想定されていたらしい。

・7日目(入院1日目)の夜中に体温が40度を越え、初めてのナースコールをし初めての解熱剤を飲んだ(らしい)。

・8日目(入院2日目)の(木曜)朝に担当医に「土曜か日曜に退院してもらいます。どっちにするか決めてください」と言われた。その時は熱が下がっていて”高熱は治った”と勘違いしていたため(前夜に解熱剤を飲んだ記憶がない)、「土曜にします」と答えてしまった。入院して初めての朝に退院しろと言われたので、”自分は招かれざる患者=入院するほどではない症状”なんだと思った。(治ってから退院したい…)

・8日目(入院2日目)の昼に体温が39.4度になった。”高熱は治った”と思い込んでおり、退院まで2日しかないのに後戻りしている場合ではない、と非常にあせった。”なんとかして熱をさげなければ”という思いで、氷枕に巻かれたタオルをはがして直接頭をおき1時間我慢した。体温は38.3度まで下がったが、頭の冷えすぎがキツく5分ほど普通の枕で休んだ。再度熱を測ったら38.7度まで戻っていた。(1時間の我慢が水の泡…) 看護士さんに無理してもダメと言われた。

・9日目(入院3日目)に高熱の原因が”ウィルス”でなく”細菌”であることがわかった。抗菌剤の点滴治療が始まった。同時に退院の日は土曜から延期され、正直ホッとした。

・11日目(入院5日目)に”細菌”の種類が断定でき(日本にはいない種類→パラチフス)、カンボジアの現地の水が原因だろうということがわかった。完全個室の病棟に移動。

・13日目(入院7日目)に体温が平熱で落ち着くようになった。(高熱の期間は12日間)

・16日目(入院10日目)に退院が許可され、その後1週間の自宅療養を経て職場復帰。(会社を1ヶ月休んだ)

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<高熱に関して、病院での診察に関してアドバイス>

1,2ヶ月以内に海外旅行に行っていたら、現地での病原菌も疑い医師に伝える。(私は小さい内科でも伝えたが、インフルエンザで言い切られてしまった…)

・インフルエンザと診断された場合は、正式な陰性/陽性の検査をしてもらう。(最近では小さい内科でも検査できるキットが普及しているらしい)

・とりあえず行った病院もしくは医師に疑問を感じたら、別の病院に変更するもよし。(必ずしもそうとは言えないと思うが)「1人で内科も外科もその他複数見ている病院は専門性が薄くなる可能性が高い」と元看護士の方に言われた。(私が最初に行った小さい内科がまさにこのタイプ)

・症状の経緯(私の場合、カンボジアにいつ行って、下痢がいつ始まって、高熱がいつ始まって… という流れ)を何度も説明することになるので、余裕がある時に時系列で簡単にまとめておくとよい。私の場合、救急隊の方に話した後、数分後に救急病棟の医師に同じ話をするのは辛かった…

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一人暮らしの高熱対応(インフルエンザ誤診時1週間の謎メモ)

<謎メモ~原文>
インフルエンザと誤診されていた1週間、5日間で治ると思い込んでいた頃に自分の病状の変化を書き残したメモがあった… かなり意味不明な事も書いてある。

P1------------------------------------------------------
Sany01241

「ウンルエンザ」
前) ある病気にかかった。医学的知識もない
   フィクション
概要 ウンエンとの病闘記
   前半と今はこんなものいない。
   が、後半は病げんきんという
   生命体をかんじた

 特徴「冷たい触手」- 手の払う
          - つかむ
   「氷の弾丸」

水  そうたい→寝→(ウンエン登場?)様子見
木  医者 38.7  大量のねあせ
   体温計 購入
   ウンフルエンザとは
                  呼吸できない

P2------------------------------------------------------
Sany01211

39 金15 期限切れきなこもち
     23:00 かんしtel

39 土16 早朝かいもの.ひんけつ
     セキ
     10:00 119       家族|よべない
     風呂 ゴミやしき    恋人|
     ■■のゆめ       →孤独

39 日17 パソコンもゴミの中に
     12:00 かせれんらく
     氷
     温さまシート →脇そり
             右がはがれて■■は■■
             そりがあまかった
     最終決戦
     ウンエン死す?

 月18
     37.2→39
     医者でんわ 後半は上下する
     ウンエン大あばれ →自分冷静. ヤツの最期近い

P3------------------------------------------------------
Sany01222

18月
     夜 ウンエン触手 ピタッと
     止まる。→同時にセキが連続
     ・のどでなく肺からのせき
     ・せんたくトレーナーを干して加湿予定

     次の敵はセキか?
     ウンエンはまだ完全に死んでいないが
     攻撃がない。眠って体力つけたいが咳。
     アメと水分。目の前のせんたくもの、おい?
     ウンエンにおびえながらふとんから出ない
     このまま眠りたい。が、そんな恐怖の中で
     安眠できるはずがない…
     →決意して出た。 外意。38.1
     
     やっとおわった… 18月23:55
(花火)
おならが何発も打ち出された…
     「♪もう少しどうぞ お付き合い~」
     100%安心して眠る→ウンエンにバシッと
     やられる夢でとびおきる。
     5日おびえてきたのだからゆっくりと。

P4------------------------------------------------------
Sany01231

     咳はないが床ずれ、背中ヒリヒリ
     うつぶせは内ぞうきつい
     シクルのパジャマ? テンピュールのベッド?
     すわってねるがむり。
     羽根ふとんの上にねてもうふかける
     服もソフトたっち
     ↓
     ねた

     とびおきた。ねあせをはんぱなくかいている
     全部きがえる(服がもうない)
     体温 36.5
     ----------------------
     この部屋で起きていた出来事とは
     思えない。つらい思いをしてこの部屋
     にやっと帰ってこれたという不思議な
     かんじ。あと自分が
     闘病していたのかという
     かんじ。自分のうでかぁという
     二重人格者の偶ぞうろんにちかいかも。

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<謎メモ~解析・用語説明>
 インフルエンザと診断されたが、体感的には悪寒に伴う皮膚(筋肉?)の激痛が何かに攻撃されているように思え、仮に「ウンフルエンザ」として症状をメモしたみたいだ。

・P1
 「ウンエン」:目に見えない攻撃者を勝手に擬人化してつけた名前。
  →かなり頭が変だったと思われる。
 「冷たい触手」:腕や足を手でつかまれ、その部位に激痛が走る感じ。
  →手の甲でサラッと触れたような軽い症状と、強い握力でつかまれる重い症状がある
 「氷の弾丸」:寝て意識がない状態で、頭からつま先まで弾が突き抜けるような感じ。
  →飛び起きた後、あまりの衝撃に呆然となる

・P2
 「期限切れきなこもち」:食欲がない状態で食べられそうなものを探したらこれがあった。食べたらおなかを壊した。
 「ゴミやしき」:掃除する元気はなく、部屋がどんどん散らかっていった。
 「脇そり」:熱を下げるために、額に貼る”熱さまシート”を脇に貼ったがすぐ剥がれてしまったので、腋毛をそった。×温さまシート→○熱さまシート
  →熱が劇的に下がるわけもなく、脇に貼ってもあまり意味ない…
 「ウンエン大あばれ」:数日間の身体の激痛に、規則性があることがわかった。病原菌は夜から明け方にかけて段階的に活発になり、早朝に活動を停止する(ように思える)。この時は規則性を無視して、夕方からMAXの激痛があった。おそらく病原菌の最後の悪あがきだろうと、「もうすぐ治るな」という根拠ない確信があった…

・P3
 「せんたくトレーナー」:咳が出始めたが加湿機がなかったので、洗濯して干していないトレーナーを枕の近くに置いて湿度を上げようとした。
  →あまり意味ない…
 「外意」」:自分でも意味不明
 「やっと終わった」:MAXの激痛が何時間か続き、スーッとなくなっていったので完全に治ったと思った。
 「花火」:おならが連発したのが、花火の祝砲に思えた。
  →んなわけない…
 「♪もう少しどうぞお付き合い」:コブクロの”1-04 毎朝、ボクの横にいて。 -Sweet drip mix-.mp3”という歌詞の一部。つらい状態で気休めで音楽をかけていたのだが、激痛が消えて歌詞に耳を傾ける余裕ができた時に、たまたまこのフレーズが聞こえてきた。ちょうどお付き合いしていた人と別れ話中だったので、”タイミング的にもう少し別れずに付き合え”と言われた気がした。
 
・P4
 「シクルのパジャマ」:外傷がないので床ずれではないのだが、背中がヒリヒリして触れる服や布団の肌ざわりをソフトにしたかった。×シクル→○シルク
 「自分のうでかぁ」:自分でも意味不明
 「二重人格者の偶ぞうろん」:二重人格者は幼い頃の虐待でつらくなった時、”自分は安全なところにいたい”と、新しく人格を作り嫌な思いをまかせるらしい。高熱が治まらない中で、”自分は健康だ(病気なのは誰か別の人)”とか”自分の部屋は安全だ(闘病している空間は別の場所)”と思いたくなる感覚があった。

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一人暮らしの高熱対応(人は高熱になるおかしな行動をとる)

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<寝方が異常>

  入院してから3日間は、夜中の高温と悪寒が不安で仕方なく、”今体温は何度か”が常に気になってしかたなかった。そのため、寝方が普通ではなかった…

  1.氷枕と普通の枕を並べ、普通の枕で寝る
  2.体温の変化を感じたら体温計で測る。すぐ測りたいので、体温計は手に持つ。(しかも落として壊すと弁償なので、かなりしっかり持っていた)
  3-1.体温が38.5度未満だったら普通の枕から移動しない。
  3-2.体温が38.5度以上だったら氷枕に移動する。

  仕事柄か条件式が1か0かで行動を決定するという”デジタルな寝方”をしていた。当然こんな寝方では数時間熟睡することさえ無理である…

  ある日の夜中、体温を測ったら38.7度くらいあった。自分の中の正解は氷枕なのだが、間違えて普通の枕に頭を置いてしまった。慌てて氷枕に移動したのだが身体が寒く、どう考えても普通の枕の方が心地よい…

  迷惑だったと思うが自分にとっては最重要事項なのでナースコールで看護士さんに来てもらい、
  「自分の中では氷枕が正解だと思うのですが、間違っている普通の枕の方が気持ちいいんです。どっちで寝るのが正解ですか?」
  と質問したら、
  「気持ちいい方で寝てください」
  と言われた。
  
  普通の枕がいくら気持ちよくても38.7度から更に熱が上がることになるので不安ではあったが、メインページで書いたように悪寒を感じる間は身体を温めるのが正解の寝方なのだ。翌日担当医に話したら
 「人間の身体はアナログですから・・」
 と言われた。間違いありません…
 
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<高熱時に笑う辛さ>

 入院して2日目くらいの夜中、体温が40度を越えてしまった。目をつぶっている状態で、息遣いはどんどん速くなり、音量も上がってきた。カーテン1枚で仕切られた隣の方はおそらく起きていて、私の息遣いが聞こえていたと思う。

 そんな状態が十何分、何十分続いたのかわからないが、目をつぶったまぶたの裏に、高速(でも一定)の息遣いのリズムに合わせた”ラッパー”が登場した… 

 ラッパーは私の苦しさをよそに”ダチ(友達)がタイヤを売って、儲けた金でまたタイヤを買って、タイヤがいっぱい増えていくぜ”みたいな歌詞のラップを歌っていた・・

 激しい息遣いの間このラップは延々と続き、それに伴ってイメージの中のタイヤはどんどん積み重なって増えていく… あまりのくだらなさに
 「ハァー、ハァー!
 だった息遣いが
 「アハハハァー、アハハハァー!
 と変わってしまった。高熱で笑わされるのは非常に辛い。こんな状況で笑いたくはなかった。

 隣のベッドの方は「あ、ついに高熱でおかしくなったな…」と思っていたかもしれない…


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<寝るマニュアル>

  2週間高熱が続き眠れない夜が続くと、、熱が下がっても寝方がわからなくなった。”布団に入って目をつぶれば自然に眠くなる”という状態にはならない。数時間眠れた時の”寝方”を翌日以降の自分にマニュアルを作った。
  (以下原文)
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 ○眠り方(高熱で情報が消去されても同じ事をくり返さないように)
  □準備
   ・ケータイを引き出し上にセット
   ・タイオンケイを隠れ棚にセット
   ・氷枕はFullがよい(途中こうかん不要)
   ・スイミンヤクをのむ
   ・次に自分が解熱剤をいつのめるかきく
   ・左に氷枕、右にフツウ枕をセット
   ・コンタクト、ハミガキ、トイレ、ドリンクのセット
  □眠る
   ・両手に何も持たない
   ・フツウの枕からはじめる
   ・意識するなら、次のアクションは「次、目が覚めて高温を感じ、38.5℃以上なら
    ナースコールで解熱剤をもらう」
   ・マスクをはずす
   あとは何も考えず目をつぶる
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  マニュアルを作ってから退院するまでの5日間、夜は必ず読んで少しの安心感
 を持ってから寝る
ようにした。
  ”両手に何も持たない”というのは、体温計を両手に持って寝る癖がついていたからだ…

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一人暮らしの高熱対応(余談:アンパンマンやその他について)

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<医学と心理学(?)>

入院中に病状が良くなっていく上で「医学」と「心理学」が必要だと感じた。

医学  :治療法や薬の選定などは、病院側にお任せするしかない。
心理学 :気持ちを高ぶらせたり保ったりは、自分でコントロールするしかない。

私の場合、
 ・入院前はインフルエンザだと誤診され”自分で何とかしなければ”と独りで苦しみ、
 ・入院前半は付き合っていた人が見舞いに来たものの、心無い言動が原因でその日に別れ、
 ・入院後半は面会NGとなり、
とにかく”孤独感”が半端じゃなかった

自分で気持ちをコントロールする際に、病室で何が自分に必要なのか考えたところ、3つのキーワードにたどり着いた。
 ・安心感 
  一番接する看護士さんに対して”自分の身を任せられる”ほどの信頼感が持てればよかったのだが、素晴らしい看護士さんとそうでない方の差が激しく、結果として安心感は持てなかった。
 ・勇気
  いつ来るかわからない高熱の恐怖感、夜中の悪寒と身体の痛みをどう乗り切るか など、病気と立ち向かう気持ちを保ち続けなければならない。が、いつまで続くかわからない中で気持ちがなえることもあった。
 ・愛情
  電話で会社の上司や同僚・後輩と話す際には、自分の事を本当に気遣ってくれていると思えてうれしかったのですが、付き合っていた人との面会では言動に温かみを全く感じられなかった。(ので別れた)
  →面会当日に”バカ彼女の見舞い”というタイトルのメモ書きを残していた…
   ・(前述のような経緯を必死に説明しても)「酔っ払いみたいな話方だね」(しかめっ面で)
   ・(インフルエンザと言われ誰も呼ばない程気遣いしてるのに)「私うつらないよね?ね?」
   ・(前述の意識障害的な体験を話しても)「意味わかんない、寝ぼけてたんじゃないの?」
   ・(点滴をしながら面会したら)「それ取っちゃだめなの?」 ⇒ここまできたら頭悪い…
   その他過去に何度も聞かされた自分と友達の自給の話をされ、”それ今話すべきことなのか…”と。。
  言動に温かみがない・・・


孤独な中でこのような気持ちを保つのに、「手元に言葉を置いておきたい」と思うようになった。手紙でも本や詩でも良かったと思うが、一番簡単なものが歌の歌詞だった。(もっと基本的な「言葉」は自分の名前なんだろうなぁ。将来子供の名前をつける時には、いつでも振り返られる意味を持たせたいとか思ったり)

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<アンパンマン>

たまたま病室で見たテレビ番組で「アンパンマンの歌詞は深い!」というテーマを取り上げていた。何気なく見てしまったので、改めて会社の後輩に「歌詞を携帯にメールして」と頼んで歌詞を読み返したところ、本当に深くてすばらしいものだった。

言い回しは子供向きだが、内容は大人向きで特に病人だった私には身体に染み渡るような感覚だった。何度も読み直してその都度元気をもらえた気がする。この歳になってアンパンマンに助けてもらうことになるとは…

「アンパンマンのマーチ」

【作詞】やなせたかし
【作曲】三木たかし

 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも

 なんのために 生まれて
 なにをして 生きるのか
 こたえられない なんて
 そんなのは いやだ!

 今を生きる ことで
 熱い こころ 燃える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで

 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

 なにが君の しあわせ
 なにをして よろこぶ
 わからないまま おわる
 そんなのは いやだ!

 忘れないで 夢を
 こぼさないで 涙
 だから 君は とぶんだ
 どこまでも

 そうだ おそれないで
 みんなのために
 愛と 勇気だけが ともだちさ
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

 時は はやく すぎる
 光る 星は 消える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで

 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ どんな敵が あいてでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため


歌詞の中に「愛と 勇気だけが ともだちさ」というフレーズがあるが、初めて聞いた時(健康な時)は単純に「友達少な!」と思った。

しかし、前述の”孤独な病人”として自分に必要なものとしてたどり着いたのは、「安心感」「勇気」「愛情」の3つ。
「安心感」は”病人”だから必要なものなので、残る「勇気」と「愛情」は”孤独”だから必要なもの

アンパンマンの歌詞と一致した… 

「愛」と「勇気」だけがあればよいと思えるのは”孤独”を感じた時だから、
アンパンマンはきっと自分が感じたような物凄い孤独を感じているのだろう… 

アニメの30分間は子供のヒーローを演じているが、それ以外の時間では「何でこんな仕事(?)しているのだろうか」とか「自分の存在意義」とかに悩みながらお酒に逃げたり、物に当り散らしたりしているんだろうなぁ。もしアニメを見ることがあったら、そんな見方をしてしまいそうだ。

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<私が思う”良い医師”>

難しい話をしてこない 難しい知識を持っているのはただの医学を勉強した人。医師はそれを噛み砕いてわかりやすく患者に伝える役割がある。私がかかった医師は、私が39度でもうろうとしている状態で、アメリカの論文を英語で見せてきたり、難しいままの情報を伝えてきた。

話をちゃんと聞いてくれる
 他の患者が並ぶと1人当たりに時間をかけられないのはある程度仕方ないと思うが、私がかかった医師は、あからさまに早く終わらせようとしてきた。空いている時間帯があるのなら、その時に行くのがよいかもしれない。

指示が曖昧でない
 指示が曖昧だと患者は対処を誤る可能性が高くなる。何をすべきかを具体的に指示してほしい。私がかかった医師は、「ジュースを飲みなさい」と言われたので「100%とかですか?」と質問したら呆れた感じになって「ナトリウムがどうたら」しまいには「あなた理系ですか?」と言ってきた。


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<父の言葉>

父が今の自分と同じような年齢の頃、”強いストレス”と”心臓の動悸”で病に伏していたらしい。

色々と検査を行った後、医者に「今のあなたは私より強い心臓だ」と言われ、「何をこのヤブ医者め、この苦しみが何故わからない!?」と思ったそうだ。

病院にかからなくなった後も”強いストレス”がなくなるまでは「会社なんかどうでもいい」と開き直り、しばらく旅行したりテニスしたりしていたらしい。

--
自分の身体は、最後は自分で判断してコントロールするしかない という助言だ。

病気中に頑張ったり、仕事の心配をすると、結果的に長引いたり悪化したりする。
この話はすごく伝わってきたし、普段こんな会話することがなかったので、とても新鮮だった…

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一人暮らしの高熱対応(退院から仕事復帰)

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<退院>

入院9日目に血液検査、便検査が順調で熱も下がって4日経つということで、明日退院可能と告げられた。

その晩に荷物をまとめ、色々なことを振り返ったが、とにかく辛かったのはインフルエンザだと誤診されてから入院するまで生活だ。一人暮らしで高熱の夜中を乗り切るのはホントに大変だった…

入院してからは色々な方にお世話になった。看護士さんは1日3回シフトで交代し、また平日・土日も違うので、かなり多くの方に対処頂いた。その中でも一番有難かった看護士さんがいる。

・対処の的確さ、無駄のない動作、一歩先を読んだ対応、頭の良さ
 という能力的な高さ
・思いやり、気配り、やさしさ
 という人間的なすばらしさ

でNo1だった。

どうしても自分の中で感謝の念を伝えたかったが、その方は基本的に夜中のシフトだったので、退院時の日中はお会いできないと思い、柄にもなく手紙を書いた。

退院すること、入院中にして頂いた対処に感謝していること、自分が勝手に表彰すると1位であること、など。

ここまで書いただけで十分満足なのだが、可能なら30分くらい話をしてみたいと書いた。非通知でよいので業務時間以外に電話を頂けないかと…

退院後、電話はない…(って当たり前か、下心はないんだけどちょっと引かれたかも…)

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<自宅療養>

退院しても1週間は自宅で療養するように担当医に言われた。

・歩くのも近くのコンビニくらいしか運動してはいけない。
・消化の良い物を食べなくてはいけない。
・ノンストレスでいなくてはいけない。

という3か条の元、1週間一人暮らしの部屋で過ごした。

・ブログを書く
・テレビゲームをする(ほんとに久々に電源を入れた)
・折り紙を折る(入院中に暇だったので”鳥”を折ったが、退院後もあわせて20羽くらい
 同じものを折り続け、見本よりうまくなった。またアレンジして立たせることもできた。)

あとは、たまに買い物、たまにテレビと、少し退屈気味な生活だった。
体重は3,4kg減っていた。
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<仕事復帰>

体調不良を感じて会社を休んでから、ちょうど1ヵ月後に職場復帰することになった。
心配と迷惑をかけた方に挨拶し、1ヶ月間の仕事の状況を説明してもらったが、1時間の打ち合わせに身体がついていけなかった。

また、タイミングが悪いことに年度末に戻ってきたので、普段以上の忙しさ、私待ちの業務があり、
初日は20時まで、2日目は22時まで とリハビリ期間と思えないほど働いてしまった。(健康管理室からは15時か17時に帰るよう言われていたのに・・・)

3日働いたら、残り2日間は疲労感で午前中休んでしまった。本当に体力が落ちていた。働くって体力いるんだなぁ…

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カンボジア 旅の終わり

◆1週間前と比べて腕の色が…
Sany0281

◆シェムリアップ空港での待ち時間中、隣に座ったアメリカ人のおばさんが楽器を持っていた。
いい音だったのでつい買ってしまったらしい。英語のマニュアルもあるらしく帰って特訓するつもりみたい。
Sany0283

このおばさんは2日かんで主要遺跡と盲目の人達の学校などを訪問したらしい。
『こういう貧しい国の子供達などを見てどう思った?』
と感想を聞かれてしまったが、日本語でもうまく伝えられないことをその場で英語で答えることは無理…
『うまく言えないけど、色々なことを感じたので日記には書こうと思っています』
と答えておいた。

その時の問いに関しては、、、

・物売りの子供達
・地雷の被害者
・英語が話せない多くの大人達
・多くの食料をつくっても自国のブランドで輸出できないという話
・整備されていないインフラ
などなど1週間経験しながら、カンボジアはもっと大きな国にならなければならない(なってほしい)
と思った。今は観光地として旅行者が集まり、カンボジアにお金を落とす(使って)ことが、かなり
経済を支えているはずだ。もろもろのキーマンは子供達なのだと思う。他国からの援助で学校が
増えたりして英語や日本語まで話せる子供も少しずつ増えてきているみたいだ。彼らがカンボジア
をより大きな国にしてくれる気がしたし、そう願っている。(西バライの女の子はホントにカリスマ性を
感じた…)

※夕日の人気スポットとして行ったある遺跡の頂上で、物売りの子供が例によって観光客に土産物を
売ろうとしていた。一人の太った西洋人がその男の子に
『一番したまで降りてとびきり冷えたコーラを持ってここまで登ってきたら、それを3$で買うよ』
と言った。
夕日を見るスポットだけあって、地上からはかなりの階段がある。でもその言葉を聞いて男の子は
言う通りに冷えたコーラを買ってきて3$を手に入れた。(コーラ自体は0.5$くらい)
一見すると子供を”使いっ走り”にした感じ悪いデブの西洋人なのだが、私は「すごくいいじゃん!」と
思った。観光客は納得した形でカンボジアでお金を落として(使って)いる。両者の要望が一致する
形であれば、どんどんお金を落としていけばよいと思う。

◆成田に着く直前の窓から
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一人旅はやみつきになるかもしれない。名所や食べ物だけでなく、旅の過程がホントに楽しい。
次はどこに行こうかな?


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カンボジア概要:物売りの子供達

遺跡の近辺では、物売りの子供達に土産物をしつこく薦められる。
疲れている時は可愛そうだが無視する。無視する癖がついてしまい、遺跡でチケットを見せなければ
ならないポイントでも
”Show me Ticket”
を無視してしまったほどだ。(遺跡ごとに”Police”がチェックしていて、つい警官を無視してしまった…)

・Tシャツ
・アクセサリー
・ポストカード
これがお決まりの土産物グッズ。

あとは
・本
・マグネット
などもある。

とにかく1$が基本で断ると”2個1$” それも断ると”3個1$”… と単価は下がっているけど
アクセサリ5個も要らないよ!(結局5,6個買ってしまったのだが)

日本語のフレーズを何とか覚えただけの3,4歳くらいの女の子が
『3個1$~』
と言ってくるのだが、手には”1個”しか持っていなかったりするのが妙に可愛かったり。。

◆アンコールトム近くの物売り兄妹
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カンボジア概要:交通手段

一人で行動する場合は、バイクタクシーかトゥクトゥクが移動の中心になる。

<バイクタクシー>
近場の遺跡を1日回る程度で10$/日。朝早くで+3$。夜遅くで+4$。遠出すると+10$など

◆空港からライセンスをもらっているバイクタクシー。A~Cまでグループがあり、1~32まで番号があるらしい。
これはA06号とお世話になったドライバーのチョン。
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◆立ちショ○中のドライバーを待つA06号。
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<トゥクトゥク>
近場の遺跡を1日回る程度で15~20$。ジャケット着用していない場合は安いのかもしれないが、一応安全面を
考えて着用ドライバーを選ぶべし。
◆トゥクトゥク
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◆ライセンスがあるトゥクトゥクのドライバー。背番号のついたジャケットを着用している。
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◆ジャケットを着ていないドライバーも多くいる。
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◆早朝まだ眠っているトゥクトゥクの後部座席
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<ガソリンスタンド>
◆田舎道でのガソリン補給。道端でペットボトルに入れたガソリンを売っている。満タンで5ドルと言ってた気がする。
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◆市内のガソリンスタンドは日本と同じ。
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<その他>
とにかくスクーターの3人4人乗りは当たり前、みんなアグレッシブな運転をする。
1日で2つの事故現場を見たし。。ちなみにシェムリアップ市内で観光客がスクーターを運転するのはNGらしい。

◆バイクと自転車で手をつないで、高速で走る自転車。
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◆健康的に市内を回るくらいならレンタルバイクも。ホテルなら5ドル/日、その辺の店なら1,2ドル/日
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カンボジア概要:グルメ

◆アンコールトム近くの屋台で出てきた”フルーツ盛り合わせ”
メニューの”Fresh Salada”を頼んだら野菜ではなく果物だった…

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◆オールドマーケット近くのコーヒーシェイク
トイレを借りるために入ったレストランで頼んだコーヒーシェイクがやたら美味しくて、
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普通のコーヒーも美味いのではないかと、”Black Coffee”に”Milk”と”Sugar”も頼んだところ、
ウェイトレスがコーヒーしか持ってこない。”Milkとかは?”と聞いたら早口の英語で”XXXinsideXXX”
と言われた。ブラックでも美味しいからまぁいいやと飲んでいたら、砂糖とミルクのドロドロ状の層が下
から出てきた…

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(もう一杯ブラックを入れてもらって)混ぜて飲むのがカンボジアスタイルらしい…

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◆オールドマーケット近くの焼きバナナの屋台

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ホントにバナナを焼いただけ
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◆さとうきびを機械で砕いて作るジュースの屋台
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細かい氷も入ってうまいが、腹を壊した容疑者No1…
その他の店でも”フルーツのシェイク”が多くあるが、ここで使われる氷には要注意。
→その後、入院にまでつながる話になった… 絶対この氷が原因だ。途中でやばいと思って捨てたんだけど…

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◆トレインサップ川にあるレストラン

左の焼き魚はナマズで、魚醤のような醤油で食べたら美味しかった。
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◆アンコールトム近くの屋台で頼んだ空芯菜とニンニクの炒め物

日本の中華屋の方が美味い。。
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カンボジア(5日目前半 マーケット→西バライ)

手抜きします…

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しかし、西バライという島の遺跡に行った時に、ちょっと憤りを感じてしまった。
それまでの遺跡ではほんの通りすがりに出会う”観光客”と”物売り”なのだが、
この小さい島ではちょっと長居してしまったので、同じグループの子供達と3時間くらい
一緒にいた。

◆西バライの子供達
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◆西バライの子供達の親(ハンモックで寝てる…)
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◆西払いの子供達にパイナップルを剥くリーダー格の女の子
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この島はアンコールワットなどがある陸地から船で10分程度なのだが、遺跡自体もしょぼいので
1日20人くらいしか観光客が来ないらしい。私は1人で来たのでとにかく子供達のセールスに囲まれて
しまったのだが、数個買ってあげて困っていたら、リーダー格の女の子がみんなを一喝して自由に
してくれた。

この女の子は英語が堪能で月10$で英語の先生を雇っているそうだ。しかし決して金持ちではなく、
詳細は聞いていないが、どうやら期待を背負って1人お金をかけてもらっているような感じだ。その分
商売もうまいし嫌味もない。小さい子供達の世話もよくする。与えられた環境の中で自分ができる事を
精一杯やっているのが短時間でもよくわかる。

上写真のパイナップルは1つは”食べないか?”と言われて1$で買った後に、”子供達の分として
もう1つ買ってくれないか?”というのでもう1$で買ったもの。教師になりたいという夢があるらしいので、
一生懸命勉強するという約束で1ヶ月の授業料の半分を渡してあげた。

それにしても…

観光客が船で来ると子供達は物売りに必死だ。一部の大人たちは急いで演奏の準備をしたりする。
(長居したのでこういった舞台裏もずっと見ていた) ただ、上写真のように子供が必死に働いている
最中に大人(子供達のお母さん?)はハンモックで寝ている。残りの大人達は談笑している。

確かに観光客は子供からしか土産物を買わないだろう。しかし、子供が働いている最中に寝てたり
談笑している姿を見せんなよ… うそでも働いているふりしろよ… たまたま今日が久々の休暇
なのかもしれないけど、子供が必死になって物を売ってそのお金をすぐに親に渡しに行き、親が
ハンモックで寝ながら受け取る姿は見たくなかった。

このおばさん、別に病気でもないみたいだ。子供達のために買わされたパイナップルをリーダー格の
女の子はこのおばさんにも渡していたがその時は立ち上がってムシャムシャ食べてたから。
”それ、オレが払ったんだけど… しかも会釈も何もないし、目も合わさんとはどういう事?”


この島の大人はみんな英語NGっぽいし子供のいる前はまずいので、チョンに
『あれはよくない。あの島の大人達の姿が観光客にどう写ったかちゃんと伝えてくれ』
と頼んでおいた。声を荒げて言ったので、チョンは真面目な顔で
『自分もよくない事だと思うしちゃんと伝えておく』
と言っていた。


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カンボジア(4日目後半 バコン→ロレイ→プリアコー)

トレインサップ湖から市内から東のはずれに位置するロリュオス遺跡と言われるエリアを
回った。

【バコン】
ロリュオス遺跡の中でも最も規模が大きい遺跡。(ただ、この辺から遺跡の興味が段々薄れだしたり)
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バコン遺跡の前で路上演奏する人たち

◆偶然誰かのお葬式(霊柩車を引っ張る人たち)に遭遇した。
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カンボジアの霊柩車に遭遇


【ロレイ】
(腹を壊して遺跡でなくトイレを探していたり)
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◆たまたま通りかかったカンボジアシルクの小さい織物工場。
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カンボジアシルクを織る女性

【プリアコー】 =聖なる牛
アンコール遺跡群の中で最古の寺院。何か他の遺跡と違う歴史を感じた。すごくよい。
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漆喰の彫刻が何も修復なく残っているのはホントにすごいことだそうだ。創建年代は879年…
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再度夕日スポットのバコンに戻って、夕日を堪能した。遺跡と夕日の組み合わせは何度見てもよい。
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4日目終了。


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カンボジア(4日目前半 トレインサップ湖)

8時ホテルにチョンに迎えに来てもらいトレインサップ湖に向かった

ホテルを出て6号線を走る。

マーケット近くの6号線。

とにかくシェムリアップの道路は排気ガスと何よりも砂埃がすごい…
サングラスはあった方がよく、気にするのならマスクもあった方がよい。現地の女性でマスクをしている
人は結構見かけた。時間が経つと口を閉じていても鼻から砂が入り、口の中がジャリジャリするほどだ。

それにしてもこの日6号線ですごいトラックを見た… (一瞬すれ違っただけで写真は撮れず)
一見普通のでかいトラックなのだが、、”フロントガラスがない!” そして ”オープンカー!”
運転手はというと、”フルフェースのメットをかぶっている!”

映画でトラックが橋の下を無理やりくぐり、運転席の屋根が吹っ飛ぶシーンは見たことあるが(T-2)、
リアルな世界に存在しているとは。。そのオープントラック(?)の前を撮影クルーの車が走っていた気が
しないでもない…

6号線からわき道に入ると段々車の数も減ってきた。

その後も更にバイクを走らせると、もうオフロードバイクでないと走れないような悪道になった。
時期によってはすっかり沈んでしまうこの道は、ところどころのぬかるみと、それが固まった凹凸で
スクーターではかなり厳しい。ロデオマシーンに乗っているようでつかまっているだけで精一杯だ。
チョンは

『ここはトゥクトゥクでは来れないぜ!』

と得意げに言っていたが、スクーターでも来る奴うちらくらいしかいないぜ…
(初日に私が「トゥクトゥクの方が疲れなくていいのかなぁ…」 ともらしていたので、スクーターの方が
 勝っている点をアピールしているような感じだった)

途中ですれ違った牛車。

しばらく走ると、前方に巨大で馬力も半端じゃなさそうなトラックが荷台に荷物と人間を6、7人乗せて
この悪道を走っていた。ぬかるみにタイヤが入った後は70cmくらい道がえぐられ、車体が大きく左右に
傾く。(ホントに横転するか人間が落ちるのではないかと思った)

沿道の家は時期によって水位があがるため、高床式になっている。
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※水位が上がったら、、船移動なんだろうなぁ。。

沿道の広大な(半端じゃない)水田。
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※この写真では伝わらないが、道の逆には地平線が続く限りの水田がある。チョン曰く、

『いわゆるタイ米はカンボジアで作られているのだ。カンボジアは小さい国でタイは大きい国(ヨーロッパや
その他アジア諸国にも貿易のネットワークを持っている)なので、カンボジアは大量の米をタイに売り、
それがMade In Thailand と印字されて世の中に出回るのだ』

と。。真偽はわからないが、この水田を見るとかなり説得力がある。カンボジアには少しでも大国になって
もらいたい。


悪道を結構走って、やっとボート乗り場に到着した。
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私とチョンと船頭さんで2、3時間の船旅に出ることになった。

周辺の家はすべて高床式。5、6mも高い位置に床があるらしい。
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高床式の家について説明するチョン

川沿いの少女達。
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※三枝師匠の名台詞で歓迎されているようだ…

ドラム缶式の漁の仕掛けを積んだ船。


川からトレインサップ湖に出た。広大で海と言われてもわからないが、チョンは小さい湖だと言っていた。
メコン川から大量の水が流れてくる時期になると水域も広がり、波も立つらしい。

湖で漁をする少年。
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仕掛けの中の小魚は放置していて大きい魚を待つらしい。
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ボートの運転を替わってもらった。
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その後川に戻り、川の中に建つレストランによって昼食をとった。メニューはないと言われて出されたのは、
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この焼魚がうまくて、チョンに何かと聞いたら”ナマズ”だった。初めて食べたがナマズは旨い!

その後小学校があるとのことで立ち寄らせてもらい、先生に言って教室の中を見せてもらった。
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トレインサップ川で水浴びする子供達

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カンボジア(3日目後半 →アンコールトム)

午前中をかけてアンコールワットを見物し、その後アンコールトムに向かった

アンコールトム(バイヨン)の手前から南門を通過した時の動画

アンコールトムは1.5Km×1.3Kmの堀に囲まれた敷地内に、いくつかの遺跡がある。
チョンが

『バプーオンを見てからバイヨンを見た方がいい』

というので、理由はわからないが従ってみた。(大きな遺跡は最後に取っておいた方がいいということかも)

◇バプーオン =隠し子
シャム王(タイ)とカンボジア王の間で王子の殺戮を巡り戦争に発展した際に、カンボジアの王妃がここに
子供を隠したらしい。

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バプーオンまでつづく200mの参道
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◇ピミアナカス =天上の宮殿/空中楼閣

クメール王が妻と寝る前に、きれいな女性に化けたナーガと一戦交える(?)ために来たとか。
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象のテラス

高い建造物でなく、本当にテラスという感じだ。だが造形物はすばらしい。
象やガルーダなど動物系のリレーフが多い。
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バイヨン

古代の宇宙観として神々が住むと信じられているメール山の象徴。
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第一回廊のリレーフは、アンコールワットが戦いの色が強いのに対して、庶民の生活などの色も含まれ
治めていた王の考え方/願いが表れている。

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武器を持っているのではなく、建築用具などを持っているらしい。
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中央の祠堂に登っていくと、大きな菩薩の顔がある。迫力があります。
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朝5:00に起きて、7:00から12:00まで暑い中歩き続けたので、さすがにフラフラになってきた…
昼食をしてからホテルに戻って昼寝することにした。

ガイドブックに載っていた食べたかった空芯菜の炒め物を屋台で食べたが、日本の中華屋の方がうまかった…
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遺跡近くの屋台は、日が凌げる屋根の下に簡単な椅子・テーブルがあり、土産物なども売っている。
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ホテルで昼寝した後、夕方にチョンと合流し「バーストリート」と呼ばれる外国人が多く集まるエリアに行った。
メールチェックのためインターネットカフェにも行きたかったが、ここにはかなり存在する。

オープンカフェ的な通りで西洋人が酒を飲んで賑わっている。
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土産物屋も多く絵画の店もかなりあるのだが、わざわざここで荷物になる絵を買う観光客は少ないと思う。。
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インターネットショップは10台くらいのパソコンが並べられていて
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値段は1時間で0.75$
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その後も数件のインターネットカフェに行ったが、”ADSL”と書いてある店は速度がやたら遅い気がした。
”FAST”というのは光ファイバーなのか”ADSL"の店よりは速い気がする。いずれにしても全体的に
回線速度は期待できない。メール一覧が全然応答しないので、サポートセンターに電話しようかと思った…

ブログを書くまで”セブンイレブン”だと思い込んでいたが、”Seven Twenty”だったのか…
こういう”コンビニ”はあまり見なかった。
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その後、マッサージに行った。
1時間で15$ 遺跡を歩き回った身体がほぐれて結構よかった。

2日目終了。

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カンボジア(3日目前半 アンコールワット→)

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昨日の夕日に続いて、今日は早朝の朝日を見るためにチョンとは朝の5:30に集合
アンコールワットからの日の出を見に行く。ガイドブックガイドブックによると、
1位:アンコールワット
2位:プノンバケン
3位:スラスラン
とのことだ。

日中の気温が32、3度まで上がる1月のカンボジアも、日の出前は寒い。バイクの
後ろでメッシュのTシャツ1枚はめちゃくちゃ寒い。チョンはしっかりウィンブレを1枚
着込んでいる…

アンコールワットの手前には大きな池があり1本の橋が架かっている。だが両端に手すりが
あるわけでもなく、真っ暗なため事前に情報を仕入れている人は小さいライトを持参している。(私も)
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多少曇っていたので日のでは7:00すぎだった。だんだん空が明るくなり始め、
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ギャラリーが待ち構える中、
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ついに太陽が姿を見せ始めた…
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手前には池があり、水面にもその姿が映し出される。幻想的で言葉を失う…
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ちょっと明るくなった。
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ここから2時間半ほど、ガイドブックの解説を読みながらアンコールワットを見物

◇第一回廊
壁のリレーフは規模が違う。東西南北の壁で色々とテーマが異なる。
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デバター(女神像)も美しい。
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神と阿修羅(悪神)が大蛇で綱引き。中央には審判(?)としてヴィヌス神がいる。
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◇第二回廊
壁の外側のデバター
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◇第三回廊
残念なことに修復工事中のため見学できない。

ので第二回廊から見上げた写真だけ。
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ひと通り見てから、第一回廊に戻った。
”ガイドブックの説明を見ながら、ガイドブックと同じ写真が撮れた!”と満足していたのだが…
”ガイドブックと同じ写真撮って、何か意味あるのかなぁ~?”と思い始めた。

一人旅では自分が被写体になることは少なく基本は撮る側なので、その写真が自分のものだと
いうオリジナリティがない。

そこで、、

たまたま汗拭き(成田に行くまではマフラー代わり)にしていたタオルを写真に入れてみた。
※10年ほど前にニフティにもらったタオル
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以降は遺跡に影響しない範囲内でなるべくタオルをフレーム内に入れていくことにしよう。

柱のリレーフ(とタオル)
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壁のリレーフ(とタオル)
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巨大なヴィヌス像(4mを見上げたのでタオルは無理)
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※手が高速回転している(わけではない)

アンコールワットを堪能してチョンが待っている駐車場へ向かった。
途中の屋台でこれまた飲んだことのないココナッツの果汁(?)を頼んだ。ココナッツにナタで穴を開けストローを
突っ込んだもの。ほのかに甘い水分が1リットルくらい入っている。

ココナッツを持ってきた10歳くらいの少女に

あなたはマスカラしたらすごくかわいくなれるよ

と褒められた…(?) 日本でもたまに言われた事があるのだが、万国共通の感覚なのだろうか。。

またその少女は、

『I am "OKAMA"』

と言って来た。

『Do you understand what "OKAMA" mean?』

と聞いたら、

『Lady Boy』

と答えたので、意味はわかっているらしい。

”まさかカンボジアのLady Boyにおかまの道を勧められるとは…”

遠方に見えた気球。上空200mからアンコール周辺を見渡せるらしい。
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カンボジア(2日目後半 →地雷博物館→プレループ)

タソムから【地震博物館】までは田舎道を結構走ることになる。

途中の田舎道(動画)

【地雷博物館】 =Mine Musium
 ここは前述の遺跡群がある東バライの近くからおそらく20Km~25Kmくらい北東に位置する。
 日本で”一之瀬泰造さんの人生を映画化した「地雷を踏んだらサヨウナラ」”を見てきたので、
 是非とも寄りたかった場所。ただ博物館というにはあまりにも小さい。


柵が既に爆弾…
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庭にあるオブジェ。木の実とツルではなく、手榴弾とマシンガンの弾。
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生々しい兵器。
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撤去された地雷。
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色んな種類がある。
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博物館の沿道や野原を歩く子供達。撤去作業によって安全に歩けるエリアが増えているようだ。(だが一人で野原を歩くのはまだまだ危険だと思われる)
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沿道の牛
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沿道のナツメヤシ
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【プレループ】 =東メボンのピラミッド式寺院
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今日の最後が何故ここかというと、サンセット 夕日の人気スポットだから。ガイドブックによると、
1位:プノンバケン
2位:プレループ
3位:プノンクロム
とのことだが、帰り道で遠回りしないで寄れた。
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16時前に着いたが日没まではまだ時間があるので、遺跡を見て回ることにした。
サンセットのスポット=高い位置にある ということなので頂上まで行くのには、それなりに疲れる。
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そして、段々と夕暮れっぽくなっていき、、
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ギャラリーがかなり集まってきた。頂上では1人歩く通路もないような状態に。。
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とてもきれいな夕日。言葉を失う…
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夕日を見てチョンと合流しホテルに向かった。途中で果物市場によってもらった。この旅でどうしても
うまいマンゴにかぶりつきたかったのと、ドリアンを初体験してみたかったからだ。(そのために日本から
フルーツナイフを持って行った)

マンゴは大きめ3個(1Kg)で1.5$
ドリアンは小さめのものをあらかじめ切ってもらい2.5$
これをホテルの冷蔵庫で冷やしておいて、翌朝にでも食べようと思っていた。。。

ホテルに着いて明日の待ち合わせ時間を決めた後でチョンと別れ、エレベータに乗ろうとしたところ
ホテルのスタッフがダッシュでやって来て、

その袋の中、ドリアン? においがヤバイので持ち込みはNG。食べるのならホテルの外にしてね

としかめっ面&鼻声で言われてしまった。たぶんフロントの前を通った時に既に異臭を発していたのだろう…

『マジっすか。わかりましたよ。外で食べますよ…』

と外灯も薄暗い中、ひとりで生ぬるいドリアンを食べること。。
臭いは、正直そんなに鼻をつまむほどではないと思った。味は、とにかく濃厚な感じ。
1房が3つにパーティションされていて(暗くてよく見てない…)、1つのパーティションに3つのピンポン球
くらいの種が入っている。

半分食べてもう十分だったので(まずいのでなく濃厚すぎるため)、ホテル前でたむろしているバイク
ドライバー達にあげたらエラくよろこんでいた。(最初は不審がられていたと思う。ホテルを追い出された
臭い東洋人がモグモグしながら近づいてきたのだから)

1日目終了。

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カンボジア(2日目前半 プリアカン→ニャックポアン→タソム→)

今回泊まったホテルは、シェムリアップの主要道路6号線沿い。
似たように豪華な風貌のホテルが多く存在する。

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門にはどこのホテルもこんな像がある。なので自分のホテルの目印にはならない…
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今回の部屋は20畳くらいあって、エアコン/テレビ/冷蔵庫/ポットなどが揃っている。
1日5000円くらい。
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部屋から6号を見るとこんな感じ。
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アンコールワット旅行記を日本で読んでいた時に、”アンコールワットとアンコールトムを見た後でその他の
遺跡群を見ると、そのギャップを感じてしまう”という感想があったので、今回はまず小さい遺跡群を先に
見ることに
した。

チョンと合流してまず行ったのは「プリアカン」。
ちなみにこういった遺跡エリアに入るにはチケットが必要。今回は3日券(40ドル)を購入
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ドライバーは旅行者が遺跡を見ている間は、遺跡前の駐車場や近くの屋台にいる。
”何時に戻る”と正確に時刻を決める必要はない。ただざっくり1時間とかは決めておいた方がいいような気がする。

※遺跡の詳しい歴史はガイドブックで…

【プリアカン】 =聖なる剣 という意味。
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リレーフ と呼ばれる壁の中に浮き彫りされた彫刻
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大木の寝に覆われた遺跡
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ナーガ(9個の頭を持つ蛇神)にまたがるガルーダ(身体は人間、頭や羽はワシの怪鳥)
※ヴィヌス神はガルーダに乗るらしい。
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一体だけ首が残っていた像
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【ニャックポアン】 =からみ合うナーガという意味。

本来は水が溜まっているのだが、干上がっている。治水に対する信仰の象徴。
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ヴァラーハ(天を駆ける神馬にしがみつく18人の人間)
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中央の大池から四方の小池に水を流し込む際の蛇口みたいなもの(ゾウの他にヒト/ライオン/ウマがある)
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【タソム】 僧の住まいだったらしい

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このまま木が成長していくと完全に石組みが崩れると心配されている。
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カンボジア(1日目 自宅→成田→バンコク→シェムリアップ→ホテル)

成田空港に向かう朝、7:00に家を出発。

日本で厚着をしていくと、カンボジアでは荷物になるばかり。。
なので服装は、
・Tシャツ3枚
・貼るカイロ4枚
・薄いセーター
・薄いウィンドブレーカー
・薄いジャンバー
・幅の狭いタオル(マフラー代わり)
だ。

成田ではインターネットで予約した際にプリントアウトしたEチケットで、
諸手続きをした。帰りもシェムリアップの空港でこの紙を見せてチェックイン
せよとのことだ。

タイに着いた頃には日本での服装が有り得ないくらい暑い。だが、乗り継ぎ待ちを
している間に日も沈みかけ、Tシャツ1枚+ウィンブレでちょうどいいくらいになった。

◆タイで乗り継ぎ待ちしている時の夕日。
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タイからシェムリアップに向かう飛行機で、
・ビザ申請用紙(日本で写真1枚 + 20ドル)
・入出国
・税関申請書
を書いてシェムリアップ空港で諸手続きを完了(スタッフは無表情で無言。超恐い…)

空港を出ると、「○○様」と書いたボードを持ったホテルへの送迎担当者やバイク/トゥクトゥクの
ドライバーでごった返していた。

直接ドライバーに交渉するか迷ったが、小さいカウンターみたいな受付があったので
予約したホテル名を告げて荷物の量を見せたところ、

『それならバイクでOKだ。1$』

と言われ(『』は英語)、その後一人のドライバーが呼ばれた

その男の名は、「CHHOT Chon(チョット チョン?)」さん。(以下、チョン)

日本でガイドブックを見ている時に、違法なドライバーや値段をふっかけてくるドライバーが多いと
書かれていたので、空港のスタッフに呼ばれたということは一応信頼はできそうだ。

彼は、

私の会社は空港と契約していて、ちゃんとライセンスを持っているから大丈夫

と言って、IDを見せてくれた。

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※日本では部長クラスの顔だが、31歳で私より年下。


日本人だと「そうは言っても偽造できるじゃん…」と思ってしまう。この時は、自分もそう思った。
だが、1週間旅行するとライセンスがないドライバーは偽造することにお金をかけるほど金銭的に
余裕がない気がする。現時点ではこのライセンスはまずまず信頼できるアイテムだろうと思う。

空港からホテルまでチョンの後ろに乗せてもらった。小さいキャリーバックはチョンが抱え、リュックは
自分で背負い20分ほどの”2ケツ”でホテルについた。その過程で『どこから来たんだ? とか 何日いるんだ?
といった会話をした。

ガイドブックには”ドライバーには簡単に予定などを教えると付きまとわれる”と書いてあったが、
空港のカウンターで呼ばれた時点でそれなりに信頼できるかなと思い、

明日はこの辺に行ってみようと思ってる

と答えた。チョンは

じゃぁ時間を決めたらホテルまで迎えに行くよ

と言ってきた。ちょっとうさんくささも感じたが、試してみないとわからないので

OK。今日はぐっすり寝たいので10時ね

と伝えて、その日はチョンと別れた。

この日以来1週間ずっと彼と行動を共にすることになった

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カンボジア(準備)

会社から5日間の休みをもらえたのでどこに行こうかと考えていた。

条件としては、
・今から(2008/1/12)から2週間後には出発しなければならない(計画性がない…)
1週間で回るのでアジア
世界遺産が見たい

ということで「アンコールワット」に決定。

決めた日に「地球の歩き方 アンコールワットとカンボジア」を購入。
翌日に「成田→シェムリアップまでの航空券」をネットで予約。
翌々日に「シェムリアップでのホテル」をネットで予約。

と一気に準備を行った。

今回のテーマは、
・一人旅の自由旅行で、いわゆるツアーには参加しない
・一人旅っぽく荷物は最小限。(Tシャツは4枚で、現地洗濯or購入)
・現地でも日本語通訳には頼らない。(つたない英語~TOIEC570点くらい~)でなんとかする。
だ。

ちなみに海外一人旅は今回が初めて。
大丈夫かな…


スケジュールは、

2008/1/26 10:45 東京 → 15:45 バンコク (タイ国際航空)
2008/1/26 18:20 バンコク → 19:40 シェムリアップ (バンコクエアウェイズ)
~現地の予定は未定~
2008/1/31 19:10 シェムリアップ → 20:20 バンコク (バンコクエアウェイズ)
2008/1/31 22:35 バンコク → 06:15(+1) 成田 (タイ国際航空)

だ。

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